利用客が少なくなって廃駅になった駅といえば、取りつぶされるか、別の用途に転用されるか、そのまま忘れ去られるか、いずれにしても往時の面影は跡形もなくなってしまっているというイメージが強い。だが、なかには例外もある。それが北海道の幸福駅だ。幸福駅は廃線となった広尾線にあり、一九七四(昭和四十九)年と七八年に、NHKのテレビ小説の舞台となり、近くの愛国駅とともにブームになった。ブームが去った八○年代半ばまでに、この路線の切符が約一三○○万枚、約二○億円分も売れたといわれるほどだ。だが、ブームが去れば元どおりのローカル線の駅。一九八七年には、ついに広尾線は廃線になってしまった。廃線となったあとも、幸福駅は多少の観光資源になると思ったのか、駅舎と線路五○○メートルほどを残しておいた。これを残しておいたのは、どうやら正解だったようだ。すっかりさびれてしまったために廃駅になったというのに、(ブルがはじけたあとも「幸脂哩という駅名に惹かれてか、再び訪れる人が増えはじめたのだ。そして一九九六年には、一年間に訪れた観光客がなんと五○万人を突破したという。こんなににぎわうのなら、広尾線の帯広ー幸福間は廃止しなかったほうがよかったかもしれない!?
いったん廃線が決まりながら、鉄道ファンのおかげで廃線がとりやめになったという、変わりダネの鉄道がある。青森県の七戸と野辺地を結ぶ約二○・九キロの南部縦貫鉄道である。この鉄道は、バスそっくりの車両が線路の上を走る、珍しいレールバス。ギアシフトレバーもある。かわいい車両が一部のファンに人気があったものの、ピークの一九六九年には二三万人近くいた利用客が年々減っていき、一九九五年にはたった二万五○○○人ほどになってしまった。そのため赤字運行となり、一九九六年十二月ついに、翌九七年五月をもって廃線とすることが決定した。ところが廃線が決まったとたん、乗りおさめとばかりにファンが殺到。一月には約六○○○人、廃線直前のゴールデンウィークにはなんと、連日約一○○○人の乗客が押し寄せた.数年来、Ⅱに数十人の乗客しかない状態がつづいていたので、鉄道側はこのファンの数にびっくり。廃線するのが惜しいと廃線を取り止めた。とりあえず、運輸省に出していた「廃止」の届けを撤川し、翌九八年三月末日までの「休止」に変更して許可を受け直した。(現在は九九年三月末日まで)これは東北新幹線の新青森までの延長が決定したことも要因になっている。南部縦貫鉄道の営農大釜別l盛田牧揚削間から、新幹線七戸駅までの新線建設計画が以前からあり、同鉄道の再生の目玉になるからである。しかし、そうなるとレールバスは廃車、新しい気動車が走るようになるから、鉄道ファンからはソッポを向かれる!?という事態を招きかねないのである。